長谷川博己の亡き父親・長谷川堯は建築史家で大学教授!親子の確執の本当の理由は愛情の裏返しだった!

ドラマや映画、CMなど、マルチに活躍している人気俳優・長谷川博己さん。

そんな長谷川博己さんの父親は、有名な建築史家で大学教授だったそうですが、父親はすでに亡くなられており、確執も噂されていました。

今回はそんな長谷川博己さんの父親について、徹底的に調査してみました。

 

この記事で分かること
  • 長谷川博己さんの父親の仕事
  • 長谷川博己さんの父親は亡くなっている?
  • 長谷川博己さんと父親の確執とは?
  • 長谷川博己さんの父親の夢とは?
  • 世間の声

 

それでは、いってみましょう!

 

 

長谷川博己の父親・長谷川堯の仕事は建築史家で大学教授!

出典:朝日新聞デジタル

 

長谷川博己さんの父親の名前は長谷川堯(たかし)さんといいます。

長谷川堯さんは1937年6月16日に島根県旧八束郡玉湯村(現在の松江市)で生まれました。

2019年に81歳で亡くなられてますが、実は建築業界では息子の長谷川博己さんより有名な方であることが分かりました。

その業績について、詳しく見てみましょう!

 

父親の複数の学術賞を受賞した業績が凄すぎる!

出典:日月会

 

長谷川堯さんは、日本の建築史家、建築評論家で武蔵野美術大学名誉教授の肩書も持っています。

早稲田大学第一文学部で美術史を専攻、卒業論文が雑誌「国際建築」に掲載され評論活動をスタートします。

数多くの著書を出版されていますが、その中でも1972年に出版された「神殿か獄舎か」は特に有名です。

その「神殿か獄舎か」の難解過ぎる内容がコチラです。

 

同論はモニュメンタルで国家的な「神殿」的建築と、個人や生活といったそれ以外の領域を象徴する「獄舎」的建築の二元論が基本となっている。そしてその二元論によって建築の役割が国家を装飾することのみならず、自己意識や生活、都市などさまざまな分野に拡散し実践を見た「獄舎」的たる大正建築の重要性を掘り起こしたと言われている。

出典:101 database

 

?????(笑)

教授、日本語でお願いします!

 

また、長谷川堯さんは建築評論家として、数々の賞を受賞しています。

 

長谷川堯さんの受賞歴
  • 1975年には「毎日出版文化賞」
  • 1979年には「サントリー学芸賞」
  • 1986年には「日本建築学会賞」

 

流石は大学教授、長谷川堯さんは建築業界で多大な功績を挙げていたようですね!

 

建築界では父親の方が有名だった!

出典:TSURU∼蔓∼

 

長谷川博己さんの父親・長谷川堯さんは多大な功績を挙げた建築史家兼大学教授であることは説明しましたが、それゆえに、建築業界での著名度は「長谷川博己<父親・長谷川堯」のようです。

 

 

 

まさか父親・長谷川堯さんの方が有名だとは驚きですよね!

 

 

長谷川博己の父親・長谷川堯は2019年に死去!死因は癌だった!

出典:シネマカフェ

 

2019年に81歳で亡くなられた長谷川堯さんですが、死因は癌とのことです。

葬儀、告別式は近親者のみで行われ、後日お別れ会が開かれたようです。

 

父親・長谷川堯さんが亡くなった当時、長谷川博己さんは、大河ドラマ「麒麟がくる」の撮影に入る直前だったそうです。

唐突に訪れた父親の死をこのように受け止めています。

 

「こんな言い方は僕は嫌いですが、役者として“芸のこやし”になっていくのかもしれない…。そこが役者のおもしろいところであり、悲しいところでもあるんですが

出典:中スポ

 

俳優として、親を失った哀しみまで糧にしてしまうと語る長谷川博己さん。

まさにプロですよね!

 

長谷川博己の父親・長谷川堯との深い確執は愛情の裏返し!?

出典:Oggi.jp

 

長谷川博己さんと父親・長谷川堯さんとの間には深い確執があったそうです。

その確執の原因や、なぜ和解したのかについても調べてみました!

 

 

確執の原因は俳優業!?父親が反対していた理由とは?

出典:Lets ENJOY TOKYO

 

親子の確執が生まれた原因は、長谷川博己さんが大学卒業後に会社勤めをするも1年で退職して俳優を目指したことに、長谷川堯さんが猛反対したことがキッカケだったようです。

 

「当時、お父さんは会社を辞めて役者になることを猛反対したそうです。お金がなかった長谷川さんは都内の実家に住みながら役者の稽古に励んでいたのですが、お父さんと顔を合わせるたびに言い合いになるので、次第に会っても口をきかなくなったそうです」(前出・長谷川の知人)

引用元:MEWSポストセブン

 

なぜ、父親の長谷川堯さんが猛反対してまで会社員を辞めることに反対したのかと言うと、自身も若い頃に定職に就かず苦労したことが原因だったようです。

 

「堯さんも大学卒業後、定職につかずライター活動で食いつなぎ、大学の講師になったのは30代になってからでした。好きなことで稼ぐ大変さを知っているからこそ、同じ苦労をさせたくなかったのでしょう

出典:Yahoo!ニュース

 

安定した会社員から、役者という不安定な仕事になることが、親として心配だったんでしょうね。

まさに愛情の裏返しだったのでしょう。

 

父親との不仲は和解済み!

出典:iZA

 

一時期は父親と口をきかないほどだった長谷川博己さんですが、2010年にドラマ「セカンドバージン」で、鈴木京香さん演じる17才年上の女性と不倫関係になる役でブレークしています。

続いて、ドラマ「鈴木先生」でも話題となり、人気俳優の仲間入りしたことで、父親・長谷川堯さんとの仲も修復されていったようです。

 

俳優業が軌道に乗り始めたことで、お父さんも認めてくれたようです。

引用元:MEWSポストセブン

 

俳優として芽が出てからは、父親・長谷川堯さんも安心したのですね。

晩年には親子の仲は良かったことも分かっています。

 

長谷川さんは時間さえあれば実家に帰ってきていました。やはり病気が心配だったんでしょう。当初は役者を反対していたお父さんでしたが、晩年は長谷川さんの出演作も見ていたと聞きます。自慢の息子だったと思いますよ」

引用元:MEWSポストセブン

 

やはり長谷川博己さんは、父親・長谷川堯さんの病気が心配だったのか頻繁に実家に帰っていました。

長谷川堯さんも息子の主演作品を見るなど、晩年に掛けて親子の交流はより深いものになっていたようです。

 

 

父親の夢は長谷川博己と歌舞伎役者・坂東玉三郎の共演だった!

出典:Ameba

 

長谷川堯さんと歌舞伎役者・坂東玉三郎さんは、雑誌で対談して以来50年以上の付き合いがありました。

 

出典:映画.com

 

長谷川堯さんは、息子である長谷川博己さんに「いつか玉三郎さんと共演する姿が見たい」と話していたそうです。

長谷川堯さんは、2017年頃から闘病生活を始めており、息子の大河ドラマ「麒麟がくる」の主役で坂東玉三郎さんとの共演が決まったときも喜んでいたものの、「そんなに長生きできないよ」と笑っていたそうです。

その後、2019年に亡くなった長谷川堯さんは、息子が坂東玉三郎さんと共演する様子を見ることが出来ずに息を引き取っています。

残念だった気もしますが、長谷川堯さんも天国で見てくれていたかもしれませんね。

 

長谷川博己は自慢の息子で実はそっくりな親子だった!

出典:MOVIE WALKER PRESS

 

当初は息子の俳優業に反対していた長谷川堯さんですが、晩年には疎遠だった仲も良くなり、交流も増えています。

長谷川堯さんが、長谷川博己さんのことを自慢気に語っているエピソードも!

 

 

博己くんが売れなかったころは、『舞台のチケットを買ってやってくれ』とよく頼まれました。ブレークしてからは、『最近は売り切れて取れないんだよ』ってうれしそうに話していましたよ。

出典:Yahoo!ニュース

 

役者として成功した息子が自慢で仕方なかったようですね!

 

そして、実は長谷川堯さんと長谷川博己さんは似たもの同士であることも分かっています。

長谷川博己さんは、3歳の時に父親・長谷川堯さんに連れられ、初めて見た映画「インディ・ジョーンズに衝撃を受け、映画好きになったそうです。

俳優を目指したのも映画好きがきっかけだったのでしょうね。

同じく生前の長谷川堯さんも無類の映画好きであることが分かっており、映画を見過ぎて大学の学費が払えなくなってしまったこともあったそうです。

過去には不仲説も報じられた二人ですが、結局は似たもの同士だったのですね!

流石親子ですよね!

 

 

父親・長谷川堯の実家は長谷川博己が相続していた!

出典:ORICON NEWS

 

長谷川博己さんの実家は、父親・長谷川堯さんのこだわりが詰まった自慢の家で、場所は明かされていませんが、東京郊外の緑の多い高台に位置するアメリカ西海岸風の一軒家だったそうです。

生前の長谷川堯さんは、そんな思い入れのある家を「あの家だけは博己に残してやりたい」と語っていたようです。

長谷川堯さんの死後は、母親が実家を相続していたようですが、2021年2月、長谷川博己さんが代表取締役を務める個人事務所の名義で購入していたことが明らかになっています。

 

堯さんが亡くなる半年ほど前に創立した博己さんの個人事務所名は堯さんの名前にちなんだもの。博己さんとしては堯さんが“形見”として遺そうとしてくれた実家を受け継ぎ、父との思い出を守っていきたいと考えているのでしょう」(前出・知人)

引用元:YAHOO!ニュース

 

長谷川博己さんの、父親への思いがよく分かるエピソードですよね。

本当に硬派な方だと思います!

 

長谷川博己と父親・長谷川堯の普通じゃない親子エピソードとは!?

出典:Oggi.jp

 

長谷川博己さんは、父親が長谷川堯さんであることを伏せていましたが、とある番組に出演したことがきっかけで2人が親子であることが発覚しています。

また、幼少期は長谷川堯さんの都合でイギリス生活を送っていたこともあったそうです。

これらも合わせて紹介します。

 

 

父親の骨董品を長谷川博己が「何でも鑑定団」に持ち込み!

出典:芸能人の英語力

 

2011年5月24日放送された「何でも鑑定団」に出演したときに、長谷川博己さんは、長谷川堯さんの骨董品を持って出演しています。

この持ち込んだ骨董品というのが、長谷川堯さんが自分の本の表紙用に購入したという、三代目歌川広重の浮世絵です。

 

 

浮世絵の予想鑑定額は10万円でしたが、鑑定結果はなんと25万円!

実は、この出演がきっかけで、長谷川博己さんの父親が建築評論家の長谷川堯さんだと判明したんです!

予想以上の鑑定金額に2人で大喜びしたそうで、2人の仲が既に修復されたこともこのエピソードから分かりますよね!

 

長谷川博己と父親はイギリス生活も共にしていた!

出典:ORICON NEWS

 

長谷川博己さんは小学校3年生の時、父である長谷川堯さんの都合で、1年間イギリスで生活をしていたことがあるそうです。

1年間分の研究費が大学から出資されたことがきっかけだったようです。

長谷川博己さんは、当時は行きたくないと駄々をこねたそうですが。。。(笑)

実は長谷川博己さんは英語も堪能とのことで、映画「シンゴジラ」でも流暢な英語を披露しています。

今となっては良い経験だったのではないでしょうか!

 

ちなみに、当時住んでいた場所がイギリスのロンドン郊外のウェンブリースタジアム周辺だったらしく、労働者階級の地区で、インド人やパキスタン人が多かったそうです。

長谷川博己さんは、パキスタン人の子供とよくケンカしていたそうですよ!(笑)

幼い頃から色々な経験をしていたのですね!

 

 

世間の声

長谷川博己さんと長谷川堯さんに対するコメントを集めてみました。

 

大学の授業でも長谷川博己さんのお話されてたんですね。素敵な親子関係です。

 

見る人によっては、「長谷川博己の父親は建築史家」ではなく、「長谷川堯の息子は俳優」なんですね。

 

父親の長谷川堯さんもお髭ダンディでカッコいいみたいですよ!

 

建築界ではかなり著名な人物だったことが世間の声からもよく分かりますね!

 

 

まとめ

今回は長谷川博己さんと、父親の長谷川堯さんのお話をまとめてみましたが、いかがだったでしょうか。

 

まとめ
  • 長谷川博己さんの父親は有名な建築評論家
  • 長谷川博己さんの父親は癌で亡くなっている
  • 長谷川博己さんは俳優になるのは反対されていた
  • 長谷川博己さんと父親は和解し良好な関係となった
  • 長谷川博己さんは父親の夢の話が素敵だった

 

それでは、この辺で。

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

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